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科学的世界観の掲示板
  
科学的世界観  ―― 科学的知識に基づく 世界の統一的把握と その帰結及び限界 ――http://www.geocities.jp/nbsakurai/
科学的世界観のBlog http://nbsakurai.exblog.jp/


 【 ・・・ 休 眠 中 ・・・ 】   休眠します。ていうか既に休眠状態に入ってます。

 『科学的世界観』、『科学的世界観のBlog』、『科学的世界観の掲示板』、というふうにこれまでやってきましたが、
内容的にも方法論的にも、そろそろもう一区切りなのかな、というような感じになってきてまして。

 これまで気に留めていただいた方、ありがとうございました。

 
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『魂のロゴス』3 nbsakurai (202.234.138.210.bf.2iij.net) 2005/02/27(日) 17:18:21
P111 異なる前提

> これは近代科学とはまったく異なる前提に立っているわけだね。その意味では「非科学」だが、非科学イコール悪いと言う価値観を私はとらない。それは、いわばユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学の違いのようなもので、公理系が違うんだ。

 このご意見には、納得です。この’たとえ’の妥当性にも賛成します。”魂の感覚”や”直感知”に基づく世界観と、感覚的知覚と論理(数学)に基づく世界観は、前提が異なるふたつのものだと私も思います。そして、そのどっちが良いとか悪いとか、一概に言えるものでもないと思います。その関係を、ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学の違いにたとえることは、非常に有益なことではないかと思います。

 このふたつは、両立しないものでも、一方で他方を批判できるものでもなく、一方で真であることをもって、他方の中身を否定することができるもんでもありません。ユークリッド幾何学の中で成り立つもので、非ユークリッド幾何学の中身を批判するようなことは、妥当性を欠くことになります。その逆も同じことです。

 このふたつは、前提が違う別の体系です。科学的世界観でもって他方を批判したり、”魂の感覚”や”直感知”に基づく世界観でもって、科学の中身に口出したりすることは、控えるのが妥当な態度だと思います。このご意見に賛同します。そういうことは、慎むことにいたしましょう。たとえば、科学理論である進化論に、”魂の感覚”や”直感知”で口出しするようなことは。

P111 占星術

> つまり、占星術は、地球という意識場それ独自で存在するわけではなく、ほかの太陽系的意識場との複雑な相互作用のうちに存在している、という考えに立っている。これはひじょうにもっともなことだ。地球は、広大な宇宙過程へ開かれた存在であるからね。すべてのシステムは、オープン・システムなのだ。個人的な魂というものも、地球という意識場の中にあり、地球はまた太陽系という意識場の中にある。だから魂は、地球や太陽系の意識場からさまざまな影響を受けるというのは当然だろう。

 私には、もっともなことだとも、当然だとも思えませんね。なぜもっともなのか、なぜ当然なのか、その根拠のきちんとした説明がないように思います。
 そもそも、何をおっしゃっているのかがよく分からない。おそらく、地球、太陽、宇宙というのは、人間の目に見えるそれらとは別の、”魂の知覚”によって見える、つまり感覚的世界とは無関係な世界のものなのでしょう。このことは、地球、太陽、宇宙についての科学的な理解(それは、もっと内容のはっきりした、詳細で、豊富で、かつ体系的なものですよね)には何も影響しないし、させるつもりもないのでしょう。

> 占星術はそれを少しでも読み解こうという技法だね。ただ、伝統的、あるいは現代的な占星術の具体的技法が、本当にそういう精神的な関係を解読できるだけの力があるのか、それは私にはわからない。また、伝統的にそれぞれの星に割り当てられている性質というものが、その意識場の真の姿を示しているのかどうか、それも私には判断できる能力がないね。

 私にもそういう能力はありません。
 わからないなら、占星術について何か意味ありげなことを言ってみても、仕方がないのではないでしょうか。

> ただ、多くの人、特に女性が占星術に興味を抱くのは、占星術が科学のように正確な診断を下すものだと信じているからというわけでもない。むしろ、自分の生が、はるかな宇宙過程と内的関連をもっているという感覚を、そこで味わいたいという欲求が強いのだと思う。

 これは、そういう女性を充分に研究されたうえでの、成果のご披露なのでしょうか。だとしたら、何人の女性を、どんな方法で調査され、その結果はどんなものだったんでしょうか。地域差や年齢による違いはあったんでしょうか。また、男性と女性はどんなふうに違うのでしょうか。
 それとも、単なる推測なのでしょうか。

P128 通常の知覚作用を超えて世界を見る能力

> そもそも時空間というものは世界それ自体の性質ではなく、私たちの認識形式の問題だ。これはカント以来の哲学の基本だね。共同主観性のパラダイムなど、現代の思想も結局はその枠組みの中で進んでいるわけだ。ところが、現代の思想は、そういう認識形式を超えた認識形式、つまり通常の知覚作用を超えて世界を見る能力が、私たちにはあるのではないか、という問いを、決して発しようとしない。

 科学はそういう問いを、確かに発しないと思います。そもそも、それとは違う前提の上に成り立っているものだからです。でも、そういう問いには意味がない、と言っているものでもないでしょう。ただ単に、そういう問いは科学的な問いではない、というだけのことです。

P209 統合失調症

> 今でいう統合失調症、この間まで精神分裂病といわれてきたものは、無意識のエネルギーが圧倒的になりすぎて、自我機能が働かなくなってしまった状態だ。

 著者は、統合失調症研究の専門家なんでしょうか。この病気についてどんな研究をされて、こういうふうに言われているのでしょうか。
 ”魂の知覚”によると、地道な研究なんかしなくとも、たちどころに分かるということなんでしょうか。それとも、こんなふうに考えると、”魂の知覚”に基づく世界観とうまい具合に折り合いがつく、ということなんでしょうか。

P116 奇跡

> もし、肉体を持ちながらも意識は神、宇宙叡智に到達しているというキリストみたいな存在は、その意志によって山を動かすことは可能なのだ。キリストは、石をパンに変えたり、水をワインに変えたりしたそうだが、そういうことも、もしキリストが神と一致したいたなら、不可能ではないだろう。

 これは、”魂の感覚”の世界の中の山を動かしたり、石をパンに、水をワインに変えるということですよね。感覚的知覚の世界の山を動かしたり、石をパンに、水をワインに変えるということではない。
 そういうものは、”魂の感覚”で知覚できるものではないでしょうから、感覚的知覚に基づく科学に任せておきましょう。そちらに、感覚的世界についての、なかなかにできのいい理解や説明ができているのですから。その世界に起きたことは、その世界観を拡張することで対応するのが、妥当なことではないかと私は思っています。そうしたからといって、科学を損なうことにも、”魂の感覚”を損なうことにも、ならないと思います。
 ”魂の感覚”は”魂の感覚”の世界の中にこそ、その有効性があるのでしょう。 (つづく)

返信
*  メンタルヘルス あだち (p2214-ipbf1705marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp) 2007/02/13(火) 21:16:19
 「勝手メール」失礼します。

   ■□■□■□■□■  「疲れに勝つ!」  ■□■□■□■□■          

     肉体の疲れは「時」が解決してくれます。 よくたべてよく眠ることです。
    しかし、魂の疲労はその効果をだし得ません。
 
           魂の元気回復はただ単純法則に従うこと!

      人を元気づける者は、自分も元気をもらえる、という法則です。

     この法則に従うと「あなたは新たなる力を得、ワシのように翼をはっての
    ぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない」
 
     人のからだには、生体リズムというものがあります。生きる喜びをもつ者
    には、生きる力が与えられ、全てを悪く考える人には、悪いリズムが連な
    っていきます。

     さて、生体リズムをどうとり入れるかです。きつい時に人に手を差しのば
    すと、走っても疲れる事はありません。やってみる事です。

    ============================

                      安達三郎

あなたも「新約聖書」ローマ人への手紙・7章 をどうぞ、生きる「力」が与えられます。   



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